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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)15906号 判決

原告

栃木茂男

被告

柴田正男

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金六〇五万九九七六円及びこれに対する昭和六一年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金六五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年八月五日午前八時四五分頃

(二) 場所 東京都杉並区上井草一丁目九番二一号先路上

(三) 態様 被告柴田正男(以下「被告柴田」という。)運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)が原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に追突した。

2  責任原因

被告柴田は、被告車を運転し原告車に追従して進行する際、原告車が自車前方に停止したのであるからこれに衝突しないように制動措置をとるべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と被告車を進行させた過失により本件事故を惹起した。

被告東京町田運送有限会社(以下「被告東京町田運送」という。)は、被告柴田の使用者であり、本件事故は、被告柴田が被告東京町田運送の事業を執行する過程において生じた。

被告千葉富士運輸有限会社(以下「被告千葉富士運輸」という。)は、被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していた。

3  原告の損害

(一)(1) 原告は、本件事故のために、頸椎捻挫の傷害を受けた。

(2) 右受傷に伴う損害の額は次のとおりである。

ア 治療費 一四五万五六九八円

イ 通院交通費 六七万五九七七円

ウ 着衣汚損による損害 九八〇〇円

(内訳) ネクタイ 九〇〇〇円

クリーニング代 八〇〇円

エ 休業損害

(昭和六三年七月一五日までの分)七五八〇万六一九五円

オ 慰藉料 一二〇〇万円

(二)(1) 本件事故のため、原告所有の原告車及び同車内のカセツトテープが破損した。

(2) 右による損害の額は次のとおりである。

ア カセツトテープ 二五〇〇円

イ 保険料及び自動車税 合計一万二四六二円

原告は本件事故当時原告車を下取りに出して新車に買い替える予定であつたが、本件事故後、被告千葉富士運輸と自動車保険契約を締結していた保険会社が、原告車修理のための手続きに手間取り、車両交換に一か月を要したため、自家用自動車総合保険の保険料一か月分九一七〇円及び自動車税一か月分三二九二円の還付が受けられなくなり同額の損害を被つた。

(三) 弁護士費用 一〇八七万円

4  損害の填補 一二〇万円

原告は、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から本件事故の損害賠償額として一二〇万円を受領したので、これを原告の人的損害の合計額から控除する。

よつて、原告は、被告柴田に対し民法七〇九条に基づき、被告東京町田運送に対し民法七一五条第一項本文に基づき、被告千葉富士運輸に対し自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、各自前記損害(被告千葉富士運輸については人的損害に限る。)のうち六五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和六一年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は知らない。

3  同4の事実は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告柴田は民法七〇九条に基づき、被告東京町田運送は民法七一五条第一項本文に基づき、被告千葉富士運輸は自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、それぞれ本件事故により原告に生じた損害(被告千葉富士運輸については人的損害に限る。)を賠償すべき義務がある。

二  請求原因3(原告の損害)及び同4(損害の填補)の事実について

1  人的損害

(一)  甲第二ないし第五号証、甲第一三ないし第二八号証、甲第四九ないし第五一号証、甲第七五、第一一五号証、甲第一二四ないし第一二六号証、乙第六、第二二、第二三号証、日本医科大学付属病院に対する調査嘱託の結果、証人成田哲也の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故のために、頸椎捻挫の傷害を受け、本件事故当日の昭和六〇年八月五日駒崎医院で受診したところ、頸椎挫傷として約一〇日間の加療を要する見込みとの診断を受け、その後は、鞭打ち症・項部捻挫・腰部打撲傷の診断名で神森外科に、頸椎捻挫(肝機能障害)の診断名で日本医科大学付属病院整形外科に、頭部外傷・心身症の診断名で同病院脳神経外科に、それぞれ通院して治療を受けていること、右受傷後から昭和六一年三月四日頃までの間は頸椎捻挫の神経症状がかなり強く安静を要する状態であつたこと、昭和六一年一二月末頃にはほぼ症状が固定し、その後は治療を継続しても症状の改善が見られないこと、症状固定後においても項部痛等の神経症状が後遺障害として残つたこと、右のように原告の症状が長期化し後遺障害が残つたことについては原告自身の心身的特徴に由来する心因性の要因が影響していること、以上の事実を認めることができる。右認定に反する証人鈴木庸夫の証言及び同証人作成の乙第二一号証の一(意見書)は、整形外科の臨床経験のない法医学者により、原告を診察することなく、かつ、頸髄に損傷が及んでいない頸椎捻挫は患者の生来的あるいは経年的な素因等の個体差にかかわらずすべて数週間ないし数か月の加療期間で治癒するとの見解を前提になされたものであるが、原告の診療に直接関与した整形外科の医師成田哲也の反対趣旨の証言に照らし採用することができない。

ところで、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、原告の症状が長期化し後遺障害が残つたことにつき原告自身の心身的特徴に由来する心因性の要因が影響していることは右に認定したとおりであるが、右認定の原告の治療経過、後遺障害の内容・程度は、本件事故によつて通常発生する程度、範囲を超えるものとまではいえず、これにより生じた損害の額を減額することは相当ではない。

(二)(1)  治療費 一四五万五六九八円

甲第一三、第一五、第一七、第一九、第二一、第二三、第二五号証によれば、原告は治療費として合計一四五万五六九八円を下らない支出をしたものと認めることができる。

(2)  通院交通費 一四万九七三〇円

甲第三二、第三三号証の各一によれば、原告は、本件事故当日の昭和六〇年八月五日駒崎医院の帰途にタクシーを利用し、その費用として四七〇円を支出したことが認められる。原告は、右の外に神森外科及び日本医科大学付属病院への通院についてもタクシーによる交通費を請求するが、前認定の原告の受傷内容及び症状等に照らしタクシーでの通院が必要であつたとは認められない。甲第一五、第一七、第一九、第二一、第二三、第二五、第一一五号証によれば、原告は、本件事故から昭和六一年一二月末までの間に、神森外科に三〇九回(うち昭和六一年四月一日までの間に一二一回)、日本医科大学付属病院に八〇回、各通院したことが認められる。そして、甲第三二号証の三三、一九二、一九三、三三四によれば、原告方から神森外科までバスを利用すると往復で昭和六一年四月一日までは三〇〇円、同月二日以降は三二〇円を要したこと、原告方から日本医科大学付属病院まで鉄道を利用すると往復で六六〇円を要したことが認められる。そうすると、前記通院にタクシー以外の通常の交通機関を利用した場合の交通費の額は合計一四万九二六〇円となる。したがつて、前記タクシー代四七〇円と合わせ、本件事故と相当因果関係のある通院交通費の額は合計一四万九七三〇円と認めるのが相当である。

なお、昭和六二年一月以降の通院交通費については、症状固定後の治療に関するものであり、原告の前記受傷内容及び後遺障害の内容・程度に照らし症状固定後の治療が必要であつたとは認められないから、これを本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。

(3)  着衣汚損による損害 八〇〇円

甲第四三、第四四号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故後嘔吐し着衣を汚損したこと、そのクリーニング代として八〇〇円を支出したことが認められるが、ネクタイ九〇〇〇円についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

(4)  逸失利益 三六五万三七四八円

前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容・程度に甲第六、第九号証、甲第八六ないし第八八号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和二四年一一月三日生まれの男子であり、大学中退後、印刷会社に勤務してかたが、昭和五九年一二月頃から「表現社」の商号で自ら印刷業を営んでいたものであること、前記受傷及びその治療のため、本件事故当日の昭和六〇年八月五日から昭和六一年三月四日頃までの約二一二日間は就業が殆ど困難であつたこと、昭和六一年三月五日から症状が固定する同年一二月末頃までの約三〇二日間は業務にかなりの支障が生じたこと、確定申告における原告の所得金額(昭和六一年、同六二年においては、専従者給与を控除する前の額とする。)は昭和六〇年において六六六万〇八〇六円、昭和六一年において一五〇万五一二八円、昭和六二年において一四二万四六八七円であつたこと、以上の事実が認められる。

ところで、原告の確定申告における前記所得金額は、前認定の受傷及び後遺障害による業務の支障を考慮に入れても各年毎の変動が大きく、また、原告の事業開始後約八か月で本件事故が発生し前記所得金額はいずれも本件事故後に申告されたものであることを併せ考えると、右各所得金額から原告の一年分の平均所得金額を推定しこれを逸失利益算定の基礎とすることは相当でないといわなければならない。そこで、賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者学歴計、全年齢の平均年収額四二二万八一〇〇円を基礎とし、昭和六〇年八月五日から昭和六一年三月四日頃までの約二一二日間は八〇パーセントの、昭和六一年三月五日から同年一二月末頃までの約三〇二日間は四〇パーセントの、それぞれ所得の減少が生じたものとして原告の休業損害を算定するとその額は次のとおり三三六万三九四五円となる。

4,228,100×212/365×0.8=1,964,618

4,228,100×302/365×0.4=1,399,327

1,964,618+1,399,327=3,363,945

次に、原告は昭和六三年七月一五日までの休業損害を求めているが、これはその間の逸失利益を請求する趣旨と解すべきである。そして、前認定の後遺障害の内容及び程度によれば、原告は、症状固定日から昭和六三年七月一五日までの間、前記後遺障害のため五パーセント程度の所得の減少を被つたものと認めるのが相当であるから、前記平均年収額を基礎として昭和六二年一月一日から昭和六三年七月一五日まで五六一日間の後遺障害による逸失利益の本件事故当時の現価をライプニツツ方式による中間利息を控除して算定すると、次のとおり二八万九八〇三円となる。

4,228,100×0.05×1×0.9070=191,744

4,228,100×0.05×196/365×0.8638=98,059

191,744+98,059=289,803

そうすると、休業損害と合わせ、本件事故による原告の逸失利益は合計三六五万三七四八円となる。

(5) 慰藉料 一五〇万円

原告の受傷の内容、治療経過、後遺障害の内容・程度等、諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰藉料としては一五〇万円をもつて相当と認める。

なお、原告は被告らの不当応訴による慰藉料を主張するが、本件事案の内容、訴訟の審理経過等によれば、被告らの応訴を不当とすべき事情を認めることはできない。

2 物的損害

(一)(1)  カセツトテープ 認められない。

本件事故のため原告車内のカセツトテープが破損したことを認めるに足りる証拠がない。

(2)  保険料及び自動車税 認められない。

乙第一六、第一七号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故のため原告車が破損し、修理を要する状態となつたことが認められる。ところで、地方税法によれば、自動車税は自動車の所有者に対し(同法一四五条)、自動車の種類・用途・総排気量等に応じて(同法一四七条)、四月一日を賦課期日として課す(同法一四八条)もので、中途で譲渡等があつた場合には旧所有者に譲渡等の月までの分を、新所有者にその翌月からの分を各月割りで課す(同法一五〇条)とされている。したがつて、原告車を自動車販売業者等に下取りに出し、その所有権を譲渡(ないし放棄)すれば自動車税の納税義務は消減することになるが、原告車の修理が未了であることが右所有権譲渡(ないし放棄)の障害になるものとは認められない。また、自家用自動車総合保険普通保険約款第六章一般条項第一三条四項によれば、保険契約者が契約を解除したときに保険料を返還するとされ、この返還請求につき被保険自動車の修理が未了であることが障害となるものではない。したがつて、たとい原告主張のとおり被告千葉富士運輸と自動車保険契約を締結していた保険会社の懈怠により原告車の修理に一か月を要したとしても、その間の保険料及び自動車税を本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。

3  損害の填補 一二〇万円

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

4  弁護士費用 五〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人両名に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用の額は合計五〇万円をもつて相当と認める。

三  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、被告らに対し、各自前記損害合計六〇五万九九七六円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和六一年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

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